「なぜ結婚しなかったの?」
「なんで結婚しないの?」
長いあいだ、このふたつを、同じ質問だと思っていた。
私は今まで結婚したことがなく、子供もいない。兄弟もいないし、両親はもう、私のいる世界からはいなくなってしまった。
私と似た境遇の人がいるかいないかわからないが、女性で独身となると、かなりの確率で受ける質問。
特に、30代後半くらいから?人と話すのが嫌になるほど、この質問を受けてきた。
「もういい加減にしてほしい、人と話すのが嫌になってきた」そう友人に愚痴ったことがある。
あの夜を過ごすまで、この「どうしてあたなは結婚しないの?」という質問自体が嫌いなのだと思っていた。
・・・
その夜、一日中眩い日差しの下を歩き回った体を癒すように、パティオでのんびりとジュースを飲みながら、宿の犬と遊んでいた。
すると、同じ宿に宿泊する女性2人が出てきた。
これから2人でディナーへ行くという。
「私たちこれからご飯食べに行くけど、ヒメも来る?」
「行く行く!じゃ、出かける準備するね」
「いいわよ、そのままで、行くわよ!」
「えっ、この服で?財布も持っていない、、、」
「いらないって、大丈夫。」
Tシャツによれよれパンツにビーチサンダル、財布もなければ、眉毛すら書いていない。
何が大丈夫なのか?「行く!」とふたつ返事した自分の判断を、うっすら後悔しつつ、歩き出した。
はたして、雰囲気満点なレストランは、ムーディーな照明を通り越して、真っ暗であった。
よれよれTシャツも、眉毛も全く気にならなくなった。
軽く食事を済ませ、会話に火のついた私たちは、またしてもおしゃれなバーへ移動し続きを始めた。
70歳未亡人のアメリカ人女性、40歳離婚歴ありスペイン人女性、私50歳独身、なんとも絶妙なバランスの3人。
・・・
「なぜ結婚しなかったの?」
・・・
アメリカ人女性から、あの定番の質問をされた。
だが、彼女のそれは、いつも日本で質問されるときの響きと、全く違う音だった。
私の語学力のなさから理解に誤解が含まれている可能性は否めないが、その言葉の向こうには、「みんな結婚しているのに、結婚しないなんて」という気配を全く感じなかった。
近年、私はなぜ結婚しなかった、したくなかったのだろう?という問いに、答えが見つかった。
が、しかし、当時は自分でもよくわからなかった。
素直にそう話した。
すると2人の返答は、日本でのその反応とは違っていた。
「そうか、そこには何かあって、気が変わるかもしれないね。私はね、、、」という具合だ。
ものすごくフラットな会話なのだ。
日本だとだいたいそのあとに
「結婚しないでどうするの」「子供がいないと老後寂しいわよ」「ま、まだ若いからいいけど、、、」「ひとりはいいわよね、なんでも好きなことができて」という風に続く。
私は、結婚していないことについて聞かれるのはいいが、何かを決めつけられたり、前提条件のもと、話をされるのが嫌だったのだ。
「結婚していても不幸せな人もいる」
「子供を望んでも恵まれない人もいる」
私は、自分で選択して独身で、子供もいないから、これが自分の人生の選択の結果。
でも、何か特別な理由がある人であったら、それはとても悲しい質問になるのではないか?
英語が流ちょうに話せるわけではないので、理解に誤解が含まれている可能性は否めないが、海外で、旅の途中で出会う人たちの質問は、いつも純粋なものだった。
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何も決めつけていない。
簡単だけど難しいこと。
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ふらふらと旅している人には、ユニークな人が沢山いる。
世界には自分の知らない世界がある。ということを身をもって経験しているからなのか?はたまた、決めつけないからひとり旅ができるのか?は謎だが、真っ暗なレストランで、その夜、私は少し自由になった。












