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「なぜ人は、こんなにも主人公へ怒りをぶつけるのだろう?」
本のストーリーに感動した、ためになった、面白かった。
そいういうわかりやすい感想ではなかった、印象的な本。
そんな本だった。
『Into the Wild 』by Jon Krakauer
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この本を知ったのは、映画を見たからだった。
本→映画ではなく、映画→本。
評判通りの、その世界観に引き込まれる圧倒的な映像美。
寒いのが苦手な私が、旅することはないであろう美しい世界。
映画館の、あのちょっとしたひんやり感が、壮大で厳しいアラスカの自然、澄んだ空気感を体感させるのに一役買っていた。
一方で、その冷たい空気に消されしまったのか?どうにも主人公の何かが見えなかった。ストーリーと主人公が、私の中で結びつかなかったのだ。
最後まで何かを理解できず、まるでどこかプロモーションビデオを見ているような感覚が拭えなかった。
その後、何年も経って、原作を読んでみると、本はまったくの別物であった。
映画を見ている間ずっと感じていた足りない何かを、私は本の中に見つけていた。
だからなのか、この本の賛否両論の激しさに戸惑った。
彼の冒険を「無謀だ」「愚かだ」「危険だ」、そしてアラスカの荒野という過酷な環境を「軽んじた」と彼に強い怒りをぶつける人々のなんと多いこと。
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彼を知りもしない人々が、どうしてそこまで腹を立てるのだろう?
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理解ができず、不思議でしかたなかった。
彼が何を選ぶかは、他人が関与すべきことではないとも思った。
そんな人々の熱い感想とは裏腹に、著者の Jon Krakauer は、主人公を美化するわけでも批判するわけでもなく、淡々と事実を記している。
『Into the Wild』の中で、著者は自身の若い頃の危険な登山体験を記しているのだが、読みながら、私はその部分が少し引っかかっていた。
なぜ著者は、淡々と事実を並べる途中で自分の話を挟むのだろう。どこか唐突に感じた。
その違和感が気になり、彼が後に書いた『Into Thin Air』のテレビ映画を見た。
この映画は、著者自身が経験したエベレスト遭難事故がドキュメンタリータッチで描かれたものだった。
それを見て、彼は主人公に自分の何かを感じ、その衝動を理解しようとしていたのではないかと思った。
その後、本を閉じては考え、「いや、待てよ」とまた本に戻り、ようやくその正体が見えてきた。
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「この本は、読者自身の人生観を露出させる本なのだ」と思った
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読者は暗に、「自分は人生に何を求める人間か」を書評に込めていた。そう私にはそう見えた。
危険を避け、安全に生きることが正しいという価値観は現代社会では強い。しかし、長く生きることと、自分らしく生きることは、時に一致しない。
私は、主人公が何を求め、何に突き動かされていたのかを知りたかった。
その手がかりの一つが、旅の中で彼が頼りにしていた文学だった。
主人公は、旅の中で、自分を鼓舞する手段として、文学を活用していた。様々な作家たちの言葉を日記に書き留めていたのだ。
そして、その中のひとつ、アンソニーソローの一説を読んで、私はドキッとした。
私自身を理解するきっかけとなる言葉があったのだ。
私は彼の選択を真似したいとも、彼をヒーローという目でも見ていない。怒りの感情も湧かなかった。
ただ、理解したいという気持ちで本を読んでいたことに気がついた。
それは、共感する文学を選んでいる主人公の中に、自分を重ねるところを見出していたのかもしれない。
主人公を読んでいるつもりで、私はどこか、自分を読んでいた。












