いつか、世界のどこかに。
2021年、私はついに、その「どこか」を見つけた、と胸を躍らせた。
山林に、小さな家を建てる。
ひとりを生きる人が、気兼ねなくふらっと立ち寄れる場所。
フラットに、あれこれおしゃべりできる場所。そんな場所を、夢見ていた。
しかし、その挑戦は途中で止まった。
もしあの時、上手くいっていたら──
今考えると、血の気が引く。
そう、断念してよかった。救われた。
あの場所が「どこか」だと、 自分に言い聞かせていたけれど、 そこは、私が思う「どこか」ではなかった。
想い
私には家族がいない。 結婚したこともないし、子供もいない。友達もいないに等しいほど僅かである。
世の中的に見えないマイノリティだ。
だからなのか、 周りの同世代の人たちに馴染むのがとても難しい。
50歳になった時から、ずっと考えていた。 いや、その前からだったかもしれない。 この先、もし長々と生きることになったとして、 私には何が必要なのだろう。
その時、頭に浮かんだのは、今と変わらない生活を維持することでも、外食三昧な昔のような生活でもなかった。大好きな音楽を聞きながら、何かを作ること。ひとりの人生について、ユニークなひとりの人たちとおしゃべりする場所、相手。
前者はひとりでできる。が、後者は?ハッとした、大変だ!そんなひとりに限定した場所もなければ、相手もいない。
正直、友達を作るのはとても難しいし、友達が欲しいか?と聞かれれば、「いらないかも」なのだ。 けれど人間が大好きな私は、知り合い以上友達未満の、チームのような、同じようにひとりを生きる仲間がいたらいいな…… いや、必要だと思った。 でも、残念ながら、自分の探しものは見つけられなかった。 見つけられないなら、自分で作るしかない。 ひとり旅で経験した、ひとりで旅する人たちの、人を決めつけない、フラットな空気感。 そんな空気に触れられる場所を作りたいと思った。
記録
53歳、母の遺言を機に、思いもしなかった山林へ家を建てることを決意。 建築知識ゼロマイナスからスタートしたプロジェクトは、土地調査や法的制約、多額のインフラ費用、複雑な申請手続きといった、涙と笑いの現実に直面。 時間とお金を費やしたこのプロジェクトは、2022年に断念することとなってしまった。 50代半ばで人生一からやり直しとなり、呆然自失状態に。しかし、この過程で私が本当に欲しかったのは、「家」という拠点ではなく 「自由に動ける自分」、そして私を受け入れてくれる仲間だった ことを思い出す。 「やってみたからこそ納得して諦められた」 この経験は、 深い自己理解と知識という財産になり、 1ミリの後悔もない。 人生の、いい思い出になった。
これから
「どこか」は、無理やり自分で作る場所ではなかったのだ。 「どこか」は、素の私をそのまま受け止めてくれるところ。 ひとりの仲間がいるところ。太陽が心の味方になってくれるところ。自然の声が聞こえるところ。 今はここが、その「どこか」なのだと思う。 太陽の光を明かりに、 鳥のさえずりの応援を受け、素の私そのままで文章を書く。 それを、ひとりの仲間がこっそり覗きに来てくれる。いつか、ここで出会ったひとりのみんなと、「どこか」へたどり着き、chillspacexという看板を一緒に出したい。


